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東京地方裁判所 平成8年(特わ)2722号 判決

本籍

東京都港区虎ノ門五丁目一五番地

住居

同都渋谷区南平台町九番七号 ベラヴィスタNo.3三〇二号室

会社役員

佐々木吉之助

昭和七年七月一四日生

右の者に対する所得税法違反、国税徴収法違反被告事件について、当裁判所は、検察官沖原史康、弁護人栃木敏明(主任)、同新穂均、同小川恵司、同清永敬文各出席の上審理し、次のとおり判決する。

主文

被告人を懲役七月及び罰金一八〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金五万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

この裁判確定の日から二年間右懲役刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、

第一  東京都港区赤坂二丁目一七番一二-一三〇三号に居住し、同区赤坂八丁目一九八番一の土地の共有持分権及び同地上建物の区分所有権を所有していた者であるが、右不動産の譲渡に係る所得税を免れようと企て、実際の売却価格より少ない金額の土地建物売買契約書を作成して譲渡収入の一部を除外するなどの方法により所得を秘匿した上、平成五年分の実際総所得金額が八四二三万二三一三円(うち分離課税の所得金額六八七六万〇一三七円)(別紙1の所得金額総括表及び修正損益計算書参照)であったにもかかわらず、平成六年三月一五日、同区西麻布三丁目三番五号所在の所轄麻布税務署において、同税務署長に対し、平成五年分の総所得金額が五二六三万五一二四円(うち分離課税の所得金額三七一六万二九四八円)で、これに対する所得税額が一四六七万八六〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書(平成八年押第一八二二号の1)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって不正の行為により、同年分の正規の所得税額二四一五万八〇〇〇円と右申告税額との差額九四七万九四〇〇円(別紙2のほ脱税額計算書参照)を免れ

第二  所得税等の国税を納付すべき納税者であって、当該所得税等を納付すべき期限までに納付せずに滞納していたところ、東京国税局徴収部国税徴収官が、被告人の財産を差し押さえるべく東京都渋谷区南平台町九番七号ベラヴィスタNo.3三〇二号室被告人方に赴く予定であることを知るや、滞納処分の執行を免れる目的で、その財産の発見を困難にさせようと企て、妻佐々木ツヤと共謀の上、平成八年四月一日、右被告人方に保管していた自己所有のダイヤモンド指輪等三七点在中の宝石箱一箱(時価合計約二億〇五二七万円相当)を、同所から同都港区六本木三丁目一五番二四号所在の第二桃源社ビル三階機械室に搬入して隠匿し、もって、滞納処分の執行を免れる目的で財産を隠蔽し

たものである。

(証拠の標目)

※ 括弧内の甲乙の番号は、証拠等関係カードにおける検察官請求証拠の番号を示す。

判示全事実について

一  被告人の当公判廷における供述

一  被告人の検察官に対する供述調書(乙七)

判示第一の事実について

一  被告人の検察官に対する供述調書(二通=乙五、六)

一  千葉公博、村上昭彦、欅田善一郎、内田泰則、勝哲造、小林進、佐藤雄蔵、杉田哲雄、趙賢明(三通)、磯輝、若宮清(二通)、五十嵐敬夫、照内康広、船越勉及び水戸正明の検察官に対する各供述調書

一  大蔵事務官作成の譲渡収入調査書、取得費調査書、譲渡費用調査書、領置てん末書及び査察官報告書(甲五九)

一  検察事務官作成の捜査報告書二通

一  登記官作成の登記簿謄本及び同抄本

一  押収してある平成五年分の所得税確定申告書(平成八年押第一八二二号の1)、平成五年分収支内訳書(同押号の2)及び「譲渡内容についてのお尋ね」と題する書面(同押号の3)各一袋

判示第二の事実について

一  被告人の検察官に対する供述調書(三通=乙二ないし四)

一  津野雄三、原田和彦、秋山研一、若林典雄、小川眞一郎、熊丸雅高、吉田稔、佐々木将仁、安達誠九郎(二通)、水田メイ(三通)、高井聡、春雲羅陽句及び佐々木ツヤ(三通=甲五六ないし五八)の検察官に対する各供述調書

一  大蔵事務官作成の捜索差押てん末書、写真撮影報告書及び査察官報告書(甲三七)

一  検察官ら作成の捜査報告書

一  検察事務官作成の写真撮影報告書

一  司法警察員作成の報告書、写真撮影報告書及び領置調書

(法令の適用)

被告人の判示第一の所為は所得税法二三八条一項に、判示第二の所為は刑法六〇条、国税徴収法一八七条一項にそれぞれ該当するところ、各所定刑中判示第一の罪について懲役刑及び罰金刑を、判示第二の罪について懲役刑をそれぞれ選択し、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、懲役刑については同法四七条本文、一〇条により重い判示第一の罪の刑に法定の加重をした刑期、罰金刑については右罪所定の金額の各範囲内で被告人を懲役七月及び罰金一八〇万円に処し、右罰金を完納することができないときは、同法一八条により金五万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から二年間右懲役刑の執行を猶予することとする。

(量刑の理由)

本件は、被告人が、自己の所有する分譲マンションを売却したことによる譲渡所得の一部を秘匿するなどして単年分九四七万円余の所得税をほ脱し(所得税法違反)、自己の所得税等に係る滞納処分の執行を免れようとして、時価合計二億円余の貴金属類を隠蔽した(国税徴収法違反)という事案である。所得税法違反の犯行は、売買代金額を実際額より過少にした契約書を作成するなどの所得秘匿工作を伴うものであり、また、国税徴収法違反の犯行は、約二四〇〇万円の所得税等を滞納しておりながら、高額の個人財産を隠蔽したしたものであって、いずれの犯情も芳しくはない。被告人は、いわゆるバブル崩壊等によって、自己の経営する株式会社桃源社の資金繰りが逼迫したことから、会社の運転資金を少しでも捻出しようと考えて、本件各犯行に及んだ旨供述しているが、そのような動機は格別酌量に値するものではなく、本件各犯行から窺われる被告人の納税意識や規範意識の希薄さは、それなりに責められてしかるべきである。

しかしながら、所得税法違反については、ほ脱税額が一千万円にも満たないのであって、最近では起訴される所得税ほ脱事犯の大半はそのほ脱税額(複数年分の事案は合計額)五千万円以上であることに照らすと、本件のほ脱税額は極めて少額であるといわざるをえない。また、ほ脱率も三九パーセント強であって、さほど高率とはいえないし、所得秘匿工作も比較的単純なものであり、特に悪質とはいえない。また、国税徴収法違反については、犯行当日桃源社の本社事務所を捜索していた国税局職員が正午前ころ被告人の妻に対して午後から被告人の自宅を捜索する旨告げたことから、被告人がこれを伝え聞き、急拠妻に命じて貴金属類を自宅から桃源社のビルの機械室に運び込んだというもので、計画性は全く認められず、犯行態様も比較的単純であり、滞納税額は貴金属類の時価よりもはるかに低額である。なお、右犯行の約二か月後には国税当局や捜査当局により、右隠匿場所も捜索されて貴金属類はそのまま発見されており、実害は生じていない。被告人は捜査段階から本件各犯行を認め、反省の態度を示している。被告人には前科前歴がない。起訴後ではあるが、被告人は当初の起訴状におけるほ脱税額(九七二万二七〇〇円)を前提にして、ほ脱に係る本税を全額納付しており、附帯税についても誠実に納付していく旨を誓っている。以上のほか、被告人の健康状態や生活状況といった被告人のために酌むべき事情もある。

なお、このように、本件各犯行はいずれもそれ自体としては比較的軽微な事案であり、被告人のために酌むべき事情も少なくないところから、弁護人は特殊な社会背景の下に起訴されたとして、本件公訴提起の相当性を疑問視しているようであるが、所得税法違反については、同一人につき複数年分が起訴される場合には、そのうちの単年分のほ脱税額が一千万以下であることはさほど珍しいことではないし、被告人については、先に競売入札妨害、公正証書原本不実記載、同行使、強制執行妨害、議院における証人の宣誓及び証言等に関する法律違反の罪により起訴された後に、本件所得税法違反と国税徴収法違反がいわば抱き合わせで起訴されているのであるから、本件起訴が相当性を欠くとはいいがたい(被告人は、本件起訴後にも、公正証書原本不実記載、同行使の罪により起訴されており、先の起訴分を含むこれら別件は当庁刑事第一部において審理中である)。

当裁判所は、以上のような諸事情を総合考慮して、主文のとおり量刑した次第である。

(求刑 懲役一年・罰金三〇〇万円)

(裁判長裁判官 安廣文夫 裁判官 阿部浩巳 裁判官 飯畑勝之)

別紙1

所得金額総括表

〈省略〉

修正損益計算書

〈省略〉

別紙2

ほ脱税額計算書

〈省略〉

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